masaro 年寄りの逆襲〜自然死の考察

2017年04月24日

團伊玖磨さんの思い出の2

團伊玖磨さんの思い出の2

テレビで團伊玖磨さんの合唱曲「筑後川」を久しぶりに聴きました。
筑後川が生まれ、筑後平野を下り、有明海に注ぐ、川の一生を歌った曲です。
聴きながら、團さんの思い出が次から次へと浮かんで来ました。
三人組と呼ばれた團さんと黛敏郎さんと芥川也寸志さんの中でテレビにレギュラー番組を持ったのは團さんが一番最後でした。
スポンサーの東京ガスからの提案で團さんを口説きに行ったら、テレビ局の廊下を赤いシャツで歩いてる連中には文化を語る資格が無いと言われ、断られるかと覚悟したら、すぐに出演を承諾し、番組の内容に話が移って安心しました。
交友範囲が広く、座談の名手と評判が高い團さんが毎回ゲストを迎え、歓談の合間に團さんがゲストに相応しい曲の指揮をするという骨組みの話はすぐに決まりましたが、番組名で話は行き詰まりました。
分かりやすく、親しみやすい名前をというテレビ側と、格調高い名前をという團さんの主張が真っ向から対立したのです。
紆余曲折の末に決まったのが「だんいくまポップスコンサート」で、公開録画の入場券のデザインを團さんが親しい漫画家の横山隆一(フクちゃん、デンスケ等)さんに依頼することでした。
これが入場券です。
(PCでは見えないかもしれません!)
http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/656221/25223/80885787/image?src=http://music-room.air-nifty.com/photos/uncategorized/2012/09/10/danikuma1.jpg
番組の第1回目のゲストはテノール歌手の藤原義江さんでした。
ここからわたしと團さんとの公私にわたる付き合いが始まりました。
團さんは
「僕はいつでも羽田からすぐに飛び立てるようにしてるんです」と言い、真夏でも冬物の背広を着ていました。
美食家の團さんらしく、番組ゲストとの打ち合わせ場所は銀座のフランス料理店レンガ屋で、わたしは生まれて初めて食べたビーフ・ストロガノフの味が忘れられません。(笑)
もう一つ忘れられないのは紀伊国屋書店の田辺茂一さんが、味の感想を尋ねたマダムに、ニヤリとしながら
「美味くも不味くもないのがいい」と言ったことです。
大人の世界を垣間見た気がしました。
團さんに教えてもらった、もう一軒の店は新橋の洋食屋、小川軒で、ベーコンを巻いたステーキの味も忘れられません。(笑)
番組でゲストの福田蘭童さん(作曲家で尺八奏者)と、福田さんがパリ留学中に考案した蘭童漬けの話になり、とうとう團さんの家で福田さんから作り方を習ったのも楽しい思い出です。
余談ですが、蘭童漬けは息子の石橋エータローさん(クレージーキャッツのピアニスト)の奥さんが経営する三漁洞で食べられます。
若い頃は酒が呑めなかった團さんですが、次第に腕が上がって銀座にも行きつけのバーが何軒かありました。
わたしが何度も行ったのは美人ママ、堤妙子さん(11PM司会者)が居る電通通りのスーリーです。
團さんと呑んでいて終電の時間が迫ると、團さんはあと何分と言いながら腕時計を睨みつけ、時間がくると荷物を鷲掴みにして、新橋駅に向かって駆け出して行ったものです。
実に愉快でした。
今回は飲み食いの話ばかりでしたが、次回は別の話をします。

投稿者 gacha : 13:44 | コメント (0)

2017年04月22日

團さんの思い出

ふと思い立って作曲家、團伊玖磨さんの息子、紀彦さんに電話しました。
團さんの秘書だった黒飛しげ子さん(黒ちゃん)の消息を聞くためです。
團さんと「だんいくまポップスコンサート」を作った6年半の間、わたしよりも9歳年上の黒ちゃんは、気難しい團さんとわれわれスタッフの間に入って、円滑な番組を作るのに協力してくれました。
黒ちゃんは戦前にペルーで日本酒〈アンデス正宗〉の造り酒屋で生まれ、戦争のため日本に渡り、戦後に團さんの秘書の仕事についたのですが、ちょっとペルー訛りのゆっくりとした喋り方は、この世離れしていて人びとを和ませました。
わたしは番組が終わってから、早くに局を辞めたあと、黒ちゃんと何回も電話で話し、番組の同窓会をやろうと約束しましたが、数年前から電話が通じなくなり、とうとう我慢しきれず電話をした次第です。
嬉しいことに、團さん自慢の息子、紀彦さん(紀彦ちゃん)は番組のスタッフ全員の名前を覚えていてくれました。
紀彦ちゃんからは、残念ながら黒ちゃんは5年前に癌で亡くなったこと、来年は團さんの17回忌であることを聞き、機会があれば團さんを偲ぶ集まりをやる約束をしました。
わたしは團さんと仲が良く、銀座のバーで飲んだり、團さんのピアノ伴奏で「カチューシャ」を歌ったりしました。
その他にも、
團さんの八丈島の家で島のの若者たちと島酒〈島の華〉を呑みながらの大宴会。
八丈太鼓の名手、浅沼享年(故人)さんとの出会いと遊び。
團家のテラスでビールを呑みながら、遠くの水平線から近づくスコールを眺めたこと。
ロケに3日間行き、戻ってからラッシュを見てる時にカメラマンが「いいのはこの1カットだけだな」と言うので落胆したことなど、思い出は尽きません。
團さんとは、わたしが局を辞めたあとは何回か頼み事で会ったぐらいですが、團さんの思い出は尽きません。

投稿者 gacha : 09:30 | コメント (0)

2017年04月19日

不思議な女性

きのう、あるパーティーで初めて会った女性から突然
「息子さんが早く死んでごめんなさいと言ってます」と言われて驚きました。
わたしの長男はおととし、51歳で感染性の病気で急死してるからです。
「息子さんは死にたくなかったけれど、どうしようもなかったそうで、先に死んですみませんと謝ってます」
わたしは危篤の長男の病院に駆けつけたのに話しができなかったことを思い出して、泣きそうになりました。
続いて女性は8年前に死んだ女房のことを話します。
「奥さんは上品なかたなのか、あまり話してません。向こうの世界でいろいろしておられるからだと思います」
そして
「お二人は宮島さんに天寿を全うして欲しいと言ってますから、まだ死なないで、長生きしてください」
と言います。
わたしは女性に、自分の病気に気づいていた女房が
「わたしが先に死んでも、あなたは自分の人生を全うしてね」
と何度も言ってたことを話しました。
女性は笑顔で頷きました。
更に女性はわたしのお腹を見ながら
「宮島さんは腸があまり良くありませんね」
と、わたしが毎日悩まされている腸の問題を指摘しました。
「宮島さんの腸はヒダヒダの部分が平らになっているので、便がスッと落ちてしまうのです」
と、まるで内視鏡で見てるような事を言い、食べ物や運動のアドバイスをしてくれました。
世の中にはこんな不思議な人が居るのですね。
わたしは本当に驚き、感動しました。

投稿者 gacha : 07:48 | コメント (0)

2017年04月15日

人が人を殺す

世界で
毎日
大勢の人が殺されている
なぜ人は人を殺すのか
誰も答えられない
憎んで、殺す
持て余して、殺す
戦って、殺す
理由はさまざまだが
人殺しに正義は無い
この有様では
なぜ人を殺してはいけないのかという
少年Aの問いに誰も答えられない
日本は人を殺さない国になって欲しい
俺の願いだ

投稿者 gacha : 20:22 | コメント (0)

2017年04月10日

濱渦会見

濱渦会見に思う
豊洲の真相は永遠に出て来ない
真相など無いからだ
濱渦は彼なりに正直
他の関係者もそれなりに正直
悪人は居ない
だが話は微妙に食い違う
これは組織の宿命であり
人間社会の宿命だ
誰もが身に覚えがある筈
現代の羅生門
みんなでやれば怖くないの見本
記者会見は時間の無駄
百条委員会は税金の浪費
豊洲から何を学ぶかが課題

投稿者 gacha : 17:10 | コメント (0)

2017年03月21日

逃げ出す本能

同じ人間なのに
自由業には
労働時間制限の法律が無く
勤め人には有る
労働の自由は万人共通
その一方で
労働を強制する権利は誰にも無い
昔、俺はテレビ局員だった
残業時間制限は無かった
仕事はものすごく面白かった
3日間連続で徹夜し
月間200時間残業した
残業代はきちんと支払われ
給料は3倍になった
別荘を建てて
夏には
そこから会社に通った
自殺した彼女に
家に帰りたくないほどに
面白い仕事を与え
ちゃんと給料を払えば
死ななかった筈だ
彼女の死は
残業時間の問題ではない
生き甲斐の問題だ
そして
嫌なことから逃げ出す
本能の問題だ
死なないで
さっさと
逃げ出せば良かったのだ
冥福を祈る

投稿者 gacha : 06:16 | コメント (0)

2017年03月19日

太陽は沈んだ

上司の態度として
良きに計らえ
も良い
だが
その結果
部下が失敗すれば
責任は上司がとるのが本筋
百条委員会での責任逃れは
見苦しい限り
どいつもこいつも
見た目は紳士でも
中身は腐ってる
自分のカネなら
やらない筈
つまり
公金横領
一人ぐらい
死んで詫びないかね
特に
強気で鳴らした
作家よ
太陽は沈んだのが
見えないのか?

投稿者 gacha : 23:03 | コメント (0)

発言し続ける

豊洲
オリンピック
森友
原発
全部、駄目
政治家も
官僚も
動かぬ検察も
全員、駄目
このままでは
国民を
無視
監視
逮捕
拷問
暗殺
する日は近い
だが俺は逃げない
発言し続ける

投稿者 gacha : 14:53 | コメント (0)

天寿

大震災に関連した番組や殺人事件のニュースを見ながら思います。
どんな死に方をしても、その人は天寿を全うしたのだと。
人生の筋書きは生まれた時にすべて書かれているからです。
大震災で死んだ人も、病気で死んだ人も天寿を全うしたのです。
でも、わたしは人が死ぬのは使い物にならなくなった身体を捨てて出て行くので、魂は死んでいないと思います。
魂はわたしたちの周りをヒラヒラと舞いながら、笑顔で見守っている筈です。
だから、わたしは寂しいけれども、悲しくはありません。
みなさん、こんなふうに考えてみてはいかがでしょうか?
追記:わたしの女房は72歳の8年前に脳腫瘍で、長男は51歳の2年前に感染性心内膜炎で死にました。

投稿者 gacha : 14:48 | コメント (0)